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福井地裁平成28年3月30日判決(公益通報と不正アクセス) [法律]

信用金庫の従業員らが理事長らのメールファイルに無断で多数回にわたりアクセスし、大量の文書を閲覧、印刷する等し懲戒解雇された場合において、公益通報目的が否定され、懲戒解雇が有効とされた事例

第1 請求
 A信用金庫に雇用されてA信用金庫の業務に従事していた原告ら(X1及びX2)が、職務上の必要も権限もないのに、A信用金庫理事長らのメールファイルに無断でアクセスを行い、メールに添付されていた機密文書を印刷する等不正アクセス行為の禁止等に関する法律に違反する行為をしたとして、A信用金庫が原告らに異動を命じた上、平成25年12月17日に懲戒解雇をした。
 原告らは、上記移動命令の発令等が不法行為に当たり、上記懲戒解雇は懲戒権を濫用したものであるから無効かつ原告らに対する不法行為に当たるなどと主張して、原告らが吸収合併によりA信用金庫の権利義務を包括的に承継した被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求めるとともに、被告に対し、労働契約に基づき、同日までの賃金及び賞与並びにこれらに帯する各支払日の翌日からの商事法定利率年6部の割合による遅延損害金の支払、不法行為に基づき、慰謝料200万円及びこれに対する不法行為の日からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求めた。

第2 争点及び当事者の主張
1. 争点
(1)ア 原告らは公益通報を目的として本件アクセス等を行ったか。
(1)イ 本件懲戒解雇が社会通念上相当でないといえるか。
(2)ア 本件異動命令の発令等が不法行為に当たるか。
(2)イ 本件懲戒解雇が不法行為に当たるか。
(2)ウ 原告らの損害額
(3) 原告らに対する未払及び本件判決確定までの賃金及び賞与の額


2. 当事者の主張
(1) 争点(1)アについて
 ア 原告らの主張
 ・原告X1は、職員間のうわさで耳にしていたA信用金庫の不正を糺す目的で、公益通報の用に供するための不正融資の情報を得ようと、業務の合間にA信用金の理事長らのメールファイル等を閲覧していた。
 ・平成22年11月中頃、X1は、X2が自分と同様にA信用金庫の不正融資について調べていることに気付き、X2に対し、本件メールファイル等にアクセスすることができる旨を伝えた。
 ・原告らは公益通報を行うことを目的として、本件不正アクセスを行った。
 ・本件アクセス等は、A信用金庫における不正融資の証拠資料を取得して公益通報を行うことを目的とするものであるから、就業規則69条1項、公益通報者保護法ないしその趣旨からすれば、懲戒事由に該当せず、仮に該当しても違法性が阻却されるべき。

 イ 被告らの主張
 ・原告らが印刷した文書には本件融資問題とは全く関係のない不祥事関係の文書や不祥事とも関係しない文書も含まれていた。
 ・原告らは、2年以上前に作成された資料等にもアクセスが可能であったにもかかわらず、それをしていなかった。
 ・原告らが実際に公益通報を行った事実はない。
 ・本件懲戒解雇に先立つ事情聴取において、原告らは興味本位で本件アクセス等を行った旨述べていたことからすれば、原告らが公益通報を目的として本件アクセス等を行ったものでないことは明らかである。

(2) 争点(1)イについて
 ア 原告らの主張
 ・ログインIDとパスワードはいずれも職員番号を入力するという、簡易のものである。
 ・原告らが添付ファイルを印刷したのは、支店の端末からアクセスした添付ファイルを閲覧して内容を把握するには時間的制約があったこと、公益通報のためには証拠化しておく必要があったことによるものであって、悪意を持って多数印刷を行ったわけではない。
 ・不正融資問題にかかわらない内容であるものは、すぐにシュレッダーにかけて廃棄した。
 ・本件懲戒解雇後に警察に提出などしたことから、A信用金庫の不正融資が明らかになった。
 ・本件懲戒解雇は社会通念上相当ではないというべきである。

 イ 被告らの主張
 ・本件アクセス等は、金融機関であるA信用金庫の対外的信用を大きく損なうものであり、重大な非違行為である。
 ・原告らは、A信用金庫による事情聴取に対し、当初は不正アクセスの事実自体、全く覚えていないと完全に否認し、A信用金庫から調査結果を突きつけられてようやく認め、不正にアクセスしたファイルを印刷していたことについても否認していたが、防犯カメラの録画映像等を突きつけられてようやく認めるなど、ひたすら事実を隠し続け、客観的証拠により否定できなくなった部分のみをその都度認めるという不誠実な態度を取っていた。
 ・本件アクセス等が公益通報者保護法とは何の関係もないものであるのに、自らの行為を正当化するためにそれが公益通報を目的とするものであったなどと主張するに至った。
 ・本件懲戒解雇は社会通念上相当な処分である。

(3) 争点(2)アについて
 ア 原告らの主張
 ・原告らに対し、本件異動命令により総合企画部への異動を命じ、原告らを電話等外部との通信手段が断絶され、監視カメラが設置された机一つの部屋に隔離し、損券、損貨の処理等の無意味な雑務を強いた。
 ・A信用金庫は、原告らの賞与につき明らかに不当な減額査定を行うとともに、原告らに対し、退職金を支払うから諭旨退職の扱いで辞めてくれないかと執拗に迫った。
 ・本件異動命令は、原告らに対して報復し、制裁を加えるため、原告らを単純労働に従事させ、評価や給与を下げて業務を制限するなどして、原告らが自ら退職を申し出るような環境に置くことを目的とする不当な退職勧奨であり、その発令等は不法行為に当たる。

 イ 被告らの主張
 ・原告らは、懲戒解雇に相当する犯罪的行為をした職員であるから、処分が決まるまでは、原告らに通常の業務を任せるわけにはいかず、他の職員と同じ職場に置くわけにもいかなかった。
 ・原告らを自宅待機とすることも考えられたが、事実関係の調査にはかなりの時間がかかると見込まれた。
 ・原告らから更に事情聴取をする必要もあった。
 ・A信用金庫は、当面の措置として本件異動命令を発令した。
 ・本件異動命令は、処分が決まるまでの一時的かつ臨時のものであったから、結果として原告らに雑務的な業務を行わせざるを得なかったものである。
 ・A信用金庫は、原告らに対して諭旨退職を打診したが、原告らを慮って非公式に行ったものに過ぎず、退職を強要したわけではない。
 ・本件異動命令の発令等が不法行為に当たるとはいえない。

(4) 争点(2)イについて
 ア 原告らの主張
 ・本件アクセス等は公益通報を目的として行われたものであるから、懲戒解雇事由には該当しない。
 ・A信用金庫は原告らに対して報復し、また、組合の中心人物であるX1を解雇して組合を弱体する目的をもって原告らを懲戒解雇したものであり、本件懲戒解雇は原告らに対する不法行為に当たる。

 イ 被告らの主張
 ・本件懲戒解雇は、原告らが本件アクセス等を行ったことを懲戒事由とするものであり、適法かつ有効であるから、不法行為には当たらない。

(5) 争点(2)ウについて
(略)

(6) 争点(3)について
(略)

第3 裁判所の判断

1.争点(1)ア
 ・本件アクセス行為は、不正アクセス禁止法違反の行為であるから、本件就業規則68条の2第4号所定の懲戒解雇事由の一つである犯罪行為に該当するものと認められる。
 ・原告らは、本件アクセス等は、公益通報をするために行ったものであり、懲戒事由に該当せず、該当するとしても違法性が阻却されると主張する。
 ・しかし、
①H23.11.1~H24.5.28までの約7カ月間に原告らが文書ファイルの印刷を行ったのは合計で7日間にとどまっていること、
②印刷頻度は著しく低いこと、
③本件不正融資に関する文書を印刷したのは1日のみであり、それ以外はおよそ無関係と思われるものが多く、不正融資とは全く関連性のないものまで含まれていること、
④H24.5.29以降はアクセス等の頻度や回数が増えているが、やはり不正融資とは関連性が薄いと思われる不祥事に関するものが大量に印刷されていること、
⑤過去に遡ってこれに関係する資料を探索することが考えられるし、かつ、それが不可能又は困難であったことをうかがわせる証拠はないのに、原告らは、過去に遡って閲覧・印刷することは一切行っていないこと、
⑥警察からの求めがあっても本件アクセス等によって取得した資料を警察等には一切提出していないこと、
など、公益通報の目的に供されたことを裏付ける客観的な事情や的確な証拠は見当たらない。
 ・本件アクセス等が、公益通報を行うことを目的とするものであったとは認められない。

2.争点(1)イ
 ・金融機関は、顧客の信用情報その他の機密情報を厳格に管理・保持すべき重大な義務を負う。
 ・機密情報が外部に流出することは、顧客との信頼関係を害し、金融機関としての信用を損ね、事業の遂行を著しく困難ならしめる事態を招きかねない。
 ・原告らが本件アクセス等によって閲覧・印刷した文書には、不正融資に関するものの他、金融庁検査に関する文書やA信用金庫職員の不祥事に関する文書等が多く含まれていることが認められる。
 ・これに関する文書には、顧客の信用情報その他の機密情報が多分に記載されている可能性が高い。
 ・原告らの行為は、A信用金庫の金融機関としての信用を損ね、事業の遂行を著しく困難ならしめる危険を有するものといえる。
 ・原告らの本件アクセス等の期間、回数、範囲等をも考慮すると、その非違行為の態様及び結果は重大であると評価せざるを得ず、原告らがA信用金庫の不正を糺すという正当な目的・動機を有していたとしても、そのことのみをもって正当化されるものではない。
 ・原告らの本件アクセス等が公益通報目的で行われたとは認められない。
 ・本件懲戒解雇が社会通念上相当でないものとは認められない。
 ・本件懲戒解雇は、懲戒権を濫用してしたものとは認められず、無効であるとはいえない。

3.争点(2)ア
 ・本件アクセス等はA信用金庫の信用を毀損する重大な非違行為である上に、本件異動命令の発令当時、本件アクセス等の動機、目的、経緯等について、原告らから合理的な説明が得られたとはいい難い状況にあったのであるから、A信用金庫が、原告らに対する処分が決まるまでの間、通常業務に従事させることはできないと判断したとしてもやむを得ない。
 ・A信用金庫は、本件異動命令を発令するに当たり、三回にわたって原告らに対する事情聴取を行い、本件アクセス等に係る原告らの弁解・弁明を慎重に確認していることから、本件異動命令には合理的な理由があった。
 ・諭旨退職という扱いでの退職勧奨をしたことが認められるが、本件アクセス等が重大な非違行為であって、処分の選択肢として懲戒解雇も十分に考えられる状況において、懲戒解雇という重大な処分を選択する前に自ら退職するように勧めることが直ちに不当であるとはいえない。
 ・本件異動命令の発令等が、原告らに対する報復・制裁を目的とする不当な退職勧奨であるとは認められず、不法行為に当たるとはいえない。

4.争点(2)イ
 ・本件懲戒解雇は、A信用金庫が懲戒権を濫用したものとは認められず、違法とはいえないから、本件異動命令の発令等及び本件懲戒解雇は、いずれも不法行為に当たるとはいえないから、原告らの不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

5.結論
 原告らの請求には理由がなく、棄却。

第4 補足
1.公益通報保護制度
(1) 目的
 公益通報保護法の目的は、公益通報者の保護を図るとともに、国民の生命、身体、財産その他の利益の保護にかかわる法令の規定の遵守を図り、もって国民生活の安定及び社会経済の健全な発展に資すること。

(2) 公益通報
 労働者が、不正の目的でなく、労務提供先等について通報対象事実が生じ又は生じようとする旨を、通報先に通報すること。

(3) 公益通報者の保護
 保護要件を満たして公益通報した労働者(公益通報者)は、以下の保護を受ける。
 ・公益通報をしたことを理由とする解雇の無効・その他不利益な取扱いの禁止
 ・公益通報者が派遣労働者である場合、公益通報をしたことを理由とする労働者派遣契約の解除の無効・その他不利益な取扱いの禁止

2.不正アクセス禁止法
(1) 目的
 不正アクセス行為の禁止等に関する法律(以下「不正アクセス禁止法」という。)は、不正アクセス行為を禁止するとともに、これについての罰則及びその再発防止のため不正アクセス行為を受けたアクセス管理者に対する都道府県公安委員会による援助措置等を定めることにより、電気通信回線を通じて行われる電子計算機に係る犯罪の防止及びアクセス制御機能により実現される電気通信に関する秩序の維持を図り、もって高度情報通信社会の健全な発展に寄与すること。

(2) 適用条文
 本件において適用される条文は、不正アクセス禁止法第3条であり、同条は、「何人も、不正アクセス行為をしてはならない。」と規定し、同法11条は「第3条の規定に違反した者は、3年以下の懲役または100万円以下の罰金に処する。」と規定されている。
 また、不正アクセス行為は、同法2条4項各号に規定され、本件に該当するのは、同項1号である。
「アクセス制御機能を有する特定電子計算機に電気通信回線を通じて当該アクセス制御機能に係る他人の識別符号を入力して当該特定電子計算機を作動させ、当該アクセス制御機能により制限されている特定利用をし得る状態にさせる行為(当該アクセス制御機能を付加したアクセス管理者がするもの及び当該アクセス管理者又は当該識別符号に係る利用権者の承諾を得てするものを除く。)」」

 同法3条は、「不正アクセス罪」であり、本罪が成立するためには、
㋐電気通信回線(インターネット等)に接続されているコンピュータに対して、
㋑電気通信回線を通じてコンピュータへのアクセスが行われ、
㋒他人の識別符号又はアクセス制御機能による特定利用の制限を免れることができる情報又は指令が入力され、
㋓アクセス制御機能によって制限されている特定利用をすることができる状態にさせたもの(セキュリティホールを衝いた攻撃のように、特定利用をすることができる状態だけではなく、特定利用ができる行為も含む。)
を満たす必要がある。

(3) あてはめ
 本件は、電気通信回線に接続されているメールサーバに対して、電気通信回線を通じてメールサーバへのアクセスが行われ、理事長の識別符号である職員番号のID及びパスワードを入力し、アクセス制御機能によって制限されていたメールシステムを利用することができる状態にさせている。そして、原告らは、メールシステムを閲覧しようとしてメールシステムへアクセスするために識別符号を入力しており、故意に欠けるところはない。
 不正アクセス禁止法において、ID及びパスワードという識別符号の入力行為だけで不正アクセス罪は成立するのであり、その後の、添付ファイルを閲覧したり印刷したりしたことは、不正アクセスが行われたことを事後的に確認するものに過ぎず、これらの行為をもって不正アクセスというわけではないと考えられる。

(4) 参考裁判例
 本件の参考となる判例として、福岡高宮崎支判平成14年7月2日(以下「参考判例」という。)がある。
 参考判例は、Y信用金庫の従業員X1、X2がその管理している顧客に関する信用情報等の記載されている文書を業務外の目的でしようするために許可を得ないで取得した行為などが就業規則所定の懲戒事由に該当するとしてYがXらに対してした懲戒解雇の効力が争われた事案につき、第一審判決が、Xらの行為は、信用金庫内の不正行為を摘発する目的によるものであったとしても、懲戒解雇事由である窃盗(職場内外における刑事犯又はこれに類する行為)に該当するとして、懲戒解雇を有効としたのに対し、Xらの行為は、形式的に窃盗に該当するとしても、直ちに窃盗罪として処罰される程度に悪質なものとは解されないので、懲戒解雇事由である職場内外における刑事犯又はこれに類する行為に該当しないか、仮に該当するとしても、Xらを懲戒解雇する相当性を欠き、権利の濫用に当たるなどとして、懲戒解雇を無効とした控訴審判決である。

 Xらは、平成7年の秋頃から、Yの職員から、顧客とY支店職員との不正な関係の疑惑について事情を聴取し、一方でオンライン端末機を利用してY管理に係るホストコンピュータにアクセスし、平成8年2月7日に本件信用情報を印刷して当該印刷文書を取得するなどして、事実関係の確認及び資料の収集を行った。
 これら各印刷した文書及び写しは、いずれもYの所有物であるから、これを業務外の目的に使用するため、Yの許可なく業務外で取得する行為は、形式的には窃盗に当たるとはいえなくはない。
 しかし、就業規則の表現上、懲戒解雇事由として予定しているのは、刑罰に処される程度に悪質な行為であると解される。
 Xらが取得した文書等は、その財産的価値はさしたるものではなく、記載内容を外部に漏らさない限りはYに実害を与えるものではないから、これら文書を取得する行為そのものは直ちに窃盗罪として処罰される程度に悪質なものとは解されず、就業規則規程には該当しないというべきである。

 本件と比較すると、本件アクセス等は、形式的には不正アクセス罪に該当し、期間、回数、範囲等から、その態様、結果についても実質的に重大であり、悪質なものと解することができ、刑事犯又はこれに類する行為に該当する可能性が高いといえる。また、IDとパスワードが職員番号であり簡易なものであるとしても、これをもって直ちに制御機能がないとまではいえないことから、結論を左右するものとはいえない。

 したがって、参考判例とは異なり、懲戒解雇することが無効とまではいえないのではないだろうか。

 軽微な窃盗と不正アクセス行為との関係性、本来の不正行為の摘発の目的の有無などが大きく異なるといえそうである。
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